生きる意味についての私なりのアンサーコラム

学術的に言うと生物にとって根本的に生きる意味は子孫繁栄です。なので生きることは種を残すことがテーマになるでしょう。むしろ、より環境に適応した強い種を残すことなのです。

しかし、これはあくまで目的であり、今を考える人間の「生きる意味」ではありません。

だから「生きる意味は存在しない」という私の結論にいたります。あくまで「生きる意味」をより納得する回答するためには「自分で見つける」しかないと私は言いたいのです。

それが音楽であり、家族であり、アイドル、ゲーム、仕事…を無意識に生きる意味にしてる人が人生を満喫してるといえるでしょう。

無理やり「生きる意味」を探しても効果は薄い

でも「生きる意味がないから自分で探そう」と意気込んでもそう簡単に探せるものではありません。また、無理やりこれは私の生きがいだ!と思ってもそう簡単に自分で納得できない可能性が高いです。

なので生きる意味は無理やり作るのではなく気付いたら、そうだったという形が多いでしょう。もちろん、自発的に作るコツはあるのですが、それは次回以降の後述する記事で具体的に詳しく考えます。

本題に戻ります。前述の生きる意味を考えることは、こういういわば「考え方」なのですから、だから静養することが大切であり、それよりも大切なことは「絶対死なないこと」になります。

これは希死念慮がある中でかなり辛いことです。

自死をしないという志を常に思うのは難しいかもしれません。

ですが、どんなつらいことを頭の中で空想しても「死なないこと」の方がはるかに大切なのです。

あなたはもしかして「自分がもし死んだら」を妄想して心を痛めたことはありませんか?

自分が死んだら大切な人が悲しむ姿を考えて余計、悲しくなりませんか?

私はそれを想像して涙が止まりませんでした。年老いた父親、腹を痛めて産んだと言った母親。もちろん、環境は様々ですからあなたの大切な人もいろいろな場合があると思います。私はもはや周りの人が止めるのは、周りの人の優しさはその人自身のエゴではないかとも思うこともありました。

でも、そうやって自分を慰めているのです。

それは意味がありたいせつなことなのです。

「生きる意味」を考えても答えがない

だからずっと悩むことになると私は思います。それは深い沼であり、考えれば考えるほど出口にない深い道のりになります。

だから、考え方としては「生きる意味は存在しないから考えても仕方ない」と自分で答えを用意することによって頭をリセットするのです。考え方を修正しましょう。もちろん、根本解決にはなりません。しかしこの一時しのぎが大切なのです。

この辛さを耐え続けたら私の場合どうなったかというと希死念慮がなくなりました。しかもあっさりと。信じられない方法で。自分でも信じられませんでした。ある日から突然、希死念慮がなくなったのです。

その最大の要因は症状を抑える気分安定薬に出会ったからです。ここで、なんだ…くだらないと思わないでください。「薬なんて人によって相性によって違うから意味ないよ」と思いませんか。

それは違います。薬の相性は実は存在して自分に合う薬しだいではコロッと気持ちが変わることがあるのです。だから自分の環境、保護者のもとにいるのか、自分で独立しているのか、世帯があるかなどその環境で一番良い薬をチャレンジするのは回復に向けて何も間違っていないのです。

ただ、薬だけではありません。薬を変えて希死念慮がなくなったというよりも私の場合医師と協力して根気よく治療を模索しました。「病気を治そう」という強い意志を持ち自分に相性のある薬を見つけるというのは全く構わないことなのです。

辛い状況から抜け出すためには法律やモラルにでも反しない限りなんだってしていいのです。だって自分の体なんですから。そこぐらいはエゴになってくださいね。

結果が大切なのであり手段は問わないのです。なぜなら辛いのだから。

私の場合、希死念慮がなくなって以降は抑うつとの闘いになりました。そこで気づいたのですそう、私は「死にたい」という思い出はなく病気と闘っていたのです

24時間、毎日、一年中休みなく。だから、信頼する医師を探すことが大切であり根気よく治療することが大切なのです。

自分は社会に必要ないからとか、自分なんか死んでも誰も悲しまないとふてくされないでください。

あなたが「生きているという意味」は大いにある

だから諦めないでください。なぜならあなたは生きてるから。今の辛いこの瞬間だけで考えないでください。今、苦しいあなたにとって大切なことは「生きている」という事実それだけで生きる意味も価値もあるのです。これを読んでもピンといまいちこない方も当然いるでしょう。でも生きるということがどれだけ大切か何も苦しまず生きているわけではないのです。

以上、私からの生きる意味についてです。もし、今あなた「生きる意味」で苦しんでるのならば、あなたに送ります。それは「生きる意味」を考えること自体に価値があるということを。

この記事のライター <<がじゃまる>> ≪がじゃらぼ≫の執筆・運営をしている、WEBライターの”がじゃまる”と申します。高校時代に両親や友達との葛藤で統合失調症を発症。16歳の春にストレートで隔離室へ。紆余曲折を経て病気を抱えながら大学へなんとか入学・卒業。抑うつと希死念慮を抱えながら商社での一般企業オープン雇用(2014.11~)と結婚(2015.7~)をもとに、精神疾患の悩みや共感をお伝えしてます。 Twitterはこちら>>> @gajamarudesu お問い合わせ>>>>> お問い合わせフォーム

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